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  1. 超高速光通信に関する研究

時分割多重(TDM)と波長分割多重(WDM)
インターネットトラフィックの急激な増加に伴い、快適なコミュニケーション環境を提供する超高速フォトニックネットワークの 実現が急務となっています。このようなネットワークの多重化方式として、異なる波長の光を用いて信号を多重する波長分割多重(WDM: Wavelength Division Multiplexing)と、 時間領域で信号を多重する時分割多重(TDM: Time Division Multiplexing)の2つがあります(図1)。 現在実用化されているWDM伝送システムにおいては、1波長あたり毎秒10~40ギガビットのビットレートで、100波以上の信号を 波長多重することにより、1テラビットを超える伝送容量が実現されています。今後は1波長あたりのビットレートを 毎秒100ギガビット以上に高速化し、且つ限られた帯域の中でできるだけ多くのWDM信号を高密度に収容することにより、 伝送容量のさらなる拡大が重要な課題となっています。

1波長あたりのビットレートを高速化するには、信号間隔を短くし出来るだけ多くのパルスを詰め込む必要があります。 この多重化を光領域で行う方法は光時分割多重(OTDM: Optical Time Division Multiplexing)と呼ばれています。OTDMは 電子回路を用いずに光回路だけで光パルスを時間多重するため、電子回路の速度限界を超える伝送速度を実現することが 可能となります。例えば光パルスを1ピコ秒(10-12秒)間隔で配置すれば、1波長で毎秒1テラビットの超高速 光通信を実現できます。我々は2000年に世界で初めて単一チャネル1.28 Tbit/sの伝送を実現したのを皮切りに、これまでに その長距離化(500〜1000 km)に取り組んできました。


図1:TDMとWDM


テラビットOTDM伝送とその課題

一般に光通信に用いられる光パルスはガウス型あるいはSech(セカントハイパボリック)型と呼ばれています。 その波形の一例を図2(a)に示します。これらの光パルスでは、裾野の僅かな部分でも隣り合うパルスと重なってしまうと、 互いのパルスの干渉により各ビットの情報が識別できなくなり誤りが発生します。そのため、ビットレートを高速化する (即ち単位時間に詰め込むパルスの数を増大させる)ためには出来るだけ狭いパルスを用いてパルス間隔を空ける必要が あります。例えば、毎秒1テラビットのビットレートを実現するには、300~400フェムト秒(フェムトは10の-15乗) の超短パルスが必要です。このような超短パルス伝送は、光ファイバ伝送中に波形の歪みを受けやすいため、500〜1000 km のような長距離にわたって情報を正確に伝送することは一般に困難です。

図2:通常のTDMとナイキストパルスのTDMの比較


光ナイキストパルスによる超高速・高効率伝送

そこで最近我々は、隣接パルスが重なり合っても互いに干渉を引き起こすことなく、広いパルス幅でもTDMによる高速伝送 を実現できる新しい光パルス「光ナイキストパルス」を発案しました。 光ナイキストパルスをTDMで多重化した様子を図2(b)に示します。個々のパルスは、裾野が周期的に振動しながら徐々に減衰し、 ある一定間隔Tごとにその強度が必ずゼロになるという 特徴をもちます。従って、次のパルスが時間Tをおいて隣に存在しても、図2(b)に示すように隣り合うパルスどうしが重なって しまうにも関わらず、各シンボル点では両者の干渉が生じず情報を完全に識別できます。その結果、この方式により 信号パルスを従来よりも高密度に詰め込むことが可能となり、伝送効率が大幅に向上できます。

この形状はH. Nyquistによって1928年に電気信号処理技術として導出されたもので、無線通信では「ナイキストフィルタ」 と呼ばれる帯域通過フィルタのインパルス応答関数として知られています。我々が提案した方式は、このインパルス応答関数を 実際の光パルスとして用い、TDMで高速信号に多重化する点がこれまでにない特徴です。

中沢研究室では、図2(b)の形状をもつ光のナイキストパルスをパルスレーザとそのスペクトル制御を使って発生させることに 初めて成功し、さらにこれをOTDMにより多重化して送信する新たな高速・高密度通信を世界に先駆けて実現しました。 発生させたナイキストパルスを図3に示します。TDMで多重化すると、相互の干渉の結果、信号波形は一見複雑な形状に見えます。 しかしながら、同図の青い点で示すように、各シンボル点では信号強度は常に1を保っています。このことは、パルスどうしの 複雑な干渉にも関わらず、各パルスが有する情報が完全に保持されていることを意味しています。

図3:光ナイキストパルスの発生

この光ナイキストパルス信号を実際に長距離伝送させ、歪みに強いという本伝送技術の優れた特徴を実証しました。 その様子を図4に示します。この実験では、三次分散というファイバ中の信号歪みの影響を比較しています。 ガウス型パルスでは隣り合うパルスと判別が出来ないほど信号が歪んでいるのに対し、ナイキストパルスは波形に 殆ど変化がありません。符号誤り率を比較しても、ガウス型パルスでは急激に劣化しているのに対し、 ナイキストパルスは伝送前とほぼ同じ特性を維持しています。 この結果から、同じ特性のファイバであっても、ナイキストパルスは歪みの影響を格段に受けにくいことがわかります。

今後はこのナイキストパルスをコヒーレント化し、直交振幅変調(QAM: Quadrature Amplitude Modulation)と呼ばれる 多値変調技術を導入することにより、高速且つ周波数利用効率の高い究極的な伝送技術の実現が期待されます。

図4:ナイキストパルスならびにガウス型パルスを用いて毎秒160ギガビット信号を伝 送させたときの波形歪みおよび符号誤り率特性の比較

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