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  2. 多値ディジタルコヒーレント伝送に関する研究

ディジタルコヒーレント伝送とQAM
高精細の動画像配信をはじめとするブロードバンドサービスの急速な普及に伴い、国内のインターネットを行きかう 情報量は年率40%の勢いで増加を続けています。このようなグローバルな情報量の増加に対応すべく、光通信は これまで波長多重技術(WDM: Wavelength Division Multiplexing)により毎秒テラビット(1012ビット)を上回る大容量化を 実現してきました。しかし、無尽蔵と思われていた光増幅器の帯域は限界に近づきつつあり、さらには波長多重数の 増加により光ファイバへの入力パワーが1〜2W程度に達すると光ファイバが熱破壊されるファイバフューズ現象が 指摘されるなど、WDMだけでは将来予想される桁違いの情報量の拡大に対応することは困難となってきています。

こうした状況を踏まえ、最近の光通信では限られた周波数帯域の中でできるだけ大容量の伝送を実現するための高効率な 方式が競って研究開発されてきています。その特徴としては、従来の光通信のように単に光のオン・オフだけで情報を送る (OOK: On-Off Keying)のではなく、光の波としての性質を利用してその位相にも情報を乗せることにより 周波数利用効率を向上させるものです。光の位相を検出するにはコヒーレント検波と呼ばれる復調技術が必要ですが、 近年のディジタル信号処理(DSP: Digital Signal Processing)技術の発展とともにDSPを駆使して復調処理を行なう ディジタルコヒーレント伝送方式に高い関心が寄せられ、次世代の光通信技術として注目されています。 特に光の振幅と位相の両方に多値の情報を乗せるQAM伝送方式は、シャノン限界と呼ばれる周波数利用効率の理論限界に 最も近い高効率な方式として知られており、無線では広く用いられている技術です。

QAMによって如何にして伝送の高効率化を図ることができるかを説明するために、一例として16 QAM信号の生成の様子を 図1に示します。周波数が等しく位相が互いに直交する2つの波をそれぞれ4値で振幅変調することにより、 4 x 4 = 16個の信号点(符号)を定義することが出来ます。16は24に等しいことから、それぞれの点を2進法で表しますと 1つのシンボルで4ビットの情報を一度に表現することが可能です。従来の光通信は1シンボルあたりONとOFFの2即ち 1ビットの伝送であったのに対し、一般に2N QAMではN倍の情報を一度に送ることが出来ます。 この多値度Nを如何に向上させるかが伝送の高効率化にあたって極めて重要なポイントとなります。

図1:QAMとは?

2048 QAMコヒーレント伝送
中沢研究室では、QAMの多値度を2048値(N = 11)まで大幅に拡大することに世界で初めて成功し、66 Gbit/sの伝送を僅か3.6 GHzの帯域で 達成しました。このとき周波数利用効率は15 bit/s/Hzを超え、従来技術を10倍以上上回る高効率伝送が実現可能であることを明らかにしました。 その伝送実験系を図2に示します。

図2:2048 QAM伝送実験の構成


光源には、我々が開発した線幅4 kHzのC2H2周波数安定化ファイバレーザ(発振周波数をアセチレン分子の吸収線 (1538.8 nm)に安定化したレーザ)を用いています。 そこから出力されるコヒーレント光をIQ変調器と呼ばれる光変調器を用いてQAM変調します。 ここで、伝送系を構成する各デバイスの周波数特性に起因した波形歪みを除去するため、送信データに FDE (Frequency Domain Equalization)と呼ばれる予等化を施しています。 その後、光QAM信号は長さ150 kmの光ファイバ伝送路を伝送します。 受信部では、局発レーザとのコヒーレント検波により中間周波 (IF)信号に変換します。このとき安定なIF信号を得るために 局発レーザの位相をコヒーレント光源に同期させる光PLL(Phase-locked-loop)回路を使用しています。 そして検出したIF信号を復調回路を用いてベースバンド信号に変換し、バイナリデータ信号を出力しています。 復調に際しては、光ファイバ伝送路中の非線形光学効果および分散の影響による波形歪みを同時に補償するために逆伝搬法 と呼ばれるデジタル信号処理を用いています。

図3:2048 QAM伝送実験結果


図3はその伝送結果です。(a)は符号誤り率特性を示しており、150 km伝送後は約10-2の誤り率となっています。 この符号誤り率は、データ信号にオーバーヘッド20%の誤り訂正符号(FEC: Forward Error Correction)を付加しておけば、完全に 誤り無く元のデータを復元できる大きさです。(b), (c)はそれぞれ伝送前後の2048 QAM信号のコンスタレーション(信号配置)です。 この伝送では、2048 QAM信号を3 Gsymbol/sのシンボルレートで150 km偏波多重伝送させており、その伝送速度は 3 Gsymbol/s×11 bit/symbol×2偏波 = 66 Gbit/sです。しかし、光帯域は3.6 GHzまで狭窄化されており、伝送容量から20%のFEC オーバーヘッド分を除いたとしても、その周波数利用効率は15.3 bit/s/Hzに達しています。

今後の展望
本伝送技術が実用化されれば、従来のOOK方式に比べて10倍以上の周波数利用効率が実現可能になります。 このことは、限られた周波数帯域の中であっても10倍以上の大容量化が実現できることを意味しています。 これにより、超高精細動画像の伝送や3次元画像などの超臨場感通信などの大容量トラフィックを 基幹光ネットワークにおいて効率よく収容することが可能になります。さらに、本伝送技術は高速の伝送を その伝送速度の約1/20の低速なデバイスで実現できることから、伝送システムの低消費電力化にも大きく 貢献することが出来、グリーンICTの観点からも大変魅力的です。 現状ではQAM信号の復調をDSPによるソフトウェア処理で行なっておりオフライン状態での伝送ですが、 今後オンラインでの高速伝送を行なうために高速な信号処理デバイスの実現が期待されます。


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